【英語EMS】 WEBLOG    “TO THE NEXT PHASE”

受講生との雑談のtriggerとして、徒然なるままに日常を綴るブログです。
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戦後70年
スイスのジュネーブにある国連欧州本部で、核兵器廃絶を訴えるために、高校生平和大使22人のうちの2人が8月15日に長崎駅を出発した。

8月18日に国連軍縮会議を傍聴し、この1年間に集めた16万4176筆の核廃絶を求める署名を提出するとのこと。

「若者、市民の核兵器廃絶の声を届けていきたい」と決意を語り日本を発った高2と高1の女子学生2人。

若い世代は本当に素晴らしいです。

「どうせ自分一人が何かしたところで世の中が変わるわけがない」とか「自分には関係ない」なんて思いがちだが、決してそんなことはないんだ、ということを示してくれている行動だ。

署名をした16万4176人の人たちも素晴らしいと思う。
その行動は決して無駄ではない。

もちろん、人間一人一人の力なんて微々たるものだが、それが集まれば大きな流れになる。
大きな流れになれば、無理だと思っていたことでも動かせるきっかけになるかもしれない。

特に若者のイノセントな行動は、利害関係とか経験とかにがんじがらめになっている大人の琴線に触れることも少なくない。

署名をするってことも大きな行動の1つだ。

もちろん何も行動しないという選択も大いに尊重されるべきだが、戦後70年を迎えた終戦の日に、何にも思いを馳せないというのはちょっと寂しい気がする。

人間はポッと生まれて、なんとなく生きて、何十年かが過ぎて時が来たらこの世を去る…、なんていうだけではないはず。

いやいや、もしかしたら「なんとなく」だけでも、現在の日本では、安全に便利に生きていけてしまうのだろうが、そんな平和な毎日を送っていけるのは、多くの命の犠牲の上に成り立っているということだけは、心の片隅に置いておこう。

こんなことを述べると偽善的だと毛嫌いする方もいらっしゃるとは思うが、偽善かどうかはこの際どう受け止められても構わないので、まずは「歴史の延長線上に現在の生活がある」ことと、「多くの命の犠牲の上に毎日の生活が成り立っている」ということをほんのちょっとだけでも意識できれば、なんとなく過ぎているような毎日も特別なものに思えてくるし、無意味に思える日常にも何らかの意味を見出せるかもしれない、ということだけは述べさせていただきたい。

勉強したければいくらでも勉強をさせてくれるご両親に対して感謝の念が沸いてくるかもしれない。
部活動を存分にやらせてくれていることに対しても、留学したいと言えば留学させてくれたり、進みたい進路があれば全力で応援してくれたり、ちょっと考えれば、70年前、80年前にはどれも簡単なことではなかったはずだ。

「今は自分のことだけで精一杯」という人もいるだろう。
そして、それはそれで構わないと思う。
誰にとっても自分が一番大切なのだから。

特に、受験生にとっては、「終戦記念日だろうが、戦後70年だろうが関係ない」という状況なのも理解できる。
それならそれで、来年でも再来年でも、何年か後でも構わないので、ふと思い出したときにでも歴史を振り返ってみよう。
照れくさければ、自分一人で思いを馳せるだけでもいいと思う。

きっと、その時が、視野が広がり、人間として一回り成長できる時期なのだろう。

偉そうに語るワタクシだが、学生時代に友人の福山の実家を経由して、青春18きっぷで広島と長崎を訪れるまでは、そんなに真剣に戦争や核兵器について考えたことは1度もなかった。
しかも、その旅のそもそものきっかけは、お好み焼きとちゃんぽんを食べにいくことだったわけで、全く偉そうに語れる資格などないのである。

ポーランドのアウシュビッツも、実際に訪れてはじめてその悲惨さや残虐さを実感し、当時の人々に対して思いを馳せた。
日本であれ、海外であれ、戦争の悲惨さは変わらない。

どんな理由であれ、戦争を繰り返してはいけないし、核兵器は廃絶するべきだと思っている。
抑止力だろうがなんだろうが、存在してしまえば、過ちが起きてしまう可能性はゼロではない。

時代がどんなに変わっても、大事な時に賢明な判断を下せる、賢明な地球市民を目指していこう!

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